加藤喜一  -MORE THAN THIS- 
     Keach Kato's Daily Column
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7/21(火) various 7/21 回顧

 

 配信元であるTunecore Japanから、夕方にメール。要修正箇所。ようやく修正の段取りが整い、明日には間違いなくOKの回答が来ると思う。オレの方の問題点はないので、あとは承認を待つだけ。

 システムが整っているところほど時間がかかるのは、別にいまどき珍しいことではないが、それにしても時間がかかるのはコロナのせいかもしれない。

 

 

 古い眼鏡のレンズを入れ替えるために、10年以上世話になっている西新橋の眼鏡屋さんへ。

 店主はちょうど内海利勝さんなどと同じ年代。先日亡くなったゴダイゴのギターで著名な浅野孝巳さんは、店主とは同学年、同クラスであり、彼が亡くなったことに非常にショックを受けていた。浅野さんを交えてクラス会をやったのは2年前とのこと。そのとき撮った写真も見せてくれた。もちろん店主はオレがミュージシャンであることを知っている。とは云え、オレごときが浅野孝巳さんほどではないことも熟知しており、だが、それなりに対応してくれているのがオレとしてはありがたいし、時折、彼ら世代のミュージシャンやそのときの世情など、興味深い話をしてくれることは(こちらが思っているだけかもしれないが)、おそらくどこかしら気が合うのかもしれない…とオレは勝手に思っている。

 

 回顧談とは、つまり、昔はよかったなあというのは、それこそ70年代に筒井康隆の「昔はよかったなあ」という短編があって、10代のときにオレはそれを読み、その皮肉でナンセンスな内容に「その通り!」などと率直過ぎる感想を持ったものだが、トシを取れば誰しもが時代を回顧するのは当然。その時代、その渦中にいるときには意識できないものであり、どんな喜びも苦難も時が経って初めてどういうことだったのかわかるものだ…ということに気づくにはトシを取らなければわからない。

 

 ともあれ、浅野孝巳さんの話から、リトル・テンプターズ(ショーケン、大口ひろしの弟的バンド)やら、聖橋中学やら、チャコとヘルスエンジェルスやら、Mやら、いろいろ興味深い話をしてくれた。ここまで来れば、タツミさんや内海さんとも接点があるわけだが、つまりはすべて繋がっていて、ということはオレはその末端にいるということを、店主はどうかわからないが、オレ自身は認識した次第。

 

 東京と地方の差がまだ顕著で、東京のあるエリアがもっともヒップだった頃(ヒップという言葉はその当時なかっただろうが)、それにわずかにカスりつつも、その伝説にもあこがれていた若かったオレなどからすれば、それらに関する回顧談は今でも非常に面白い。

 と同時に、わかりきったことではあるが世の中は常に変化しているということを改めて思う。

 

 コロナがあってもなかったとしても、時代が変化していくのはあたりまえであり、時が止まる、あるいは戻るということはありえない。だからこそ、回顧に意味があるのだと、55歳になった今では理解している。

 

 

(bgm nothing)